丸亀藩の領国図
(他に播磨国揖保郡内に28カ村・近江国蒲生郡内に2ヵ所)



  山北神社奉納 京極侯参勤交代御船揃絵馬

  安政4年9月下南条町の和気良造忠澄が奉納する。作者は大阪堀江の出身歌川芳梅(1819−1879)。通称中島藤助。江戸で歌川国芳の門に入って浮世絵を学ぶ。別号を一驚斎、夜梅楼と称する。芳梅は同年6月金毘羅宮に奉納された丸亀城の絵馬を門人芳寅、芳洲とともに描き、続いてこの絵馬を描いている。
 なお明和9年(1772)の丸亀御城坪割附記には、高和から高或までの間に103隻の船を建造し、現存の船は関船が8隻、小早船23隻、その他31隻の大船団を所有していたことが記されている。また多度津藩主や金毘羅宮司なども、渡航には丸亀藩の船を借り受けて使用している。
 この絵馬は、藩主が参勤交代などで渡航する船団の姿を描いた貴重な資料として昭和52年県の有形文化財の指定を受けている。               
(丸亀市立資料館/京極七代の文化と歴史展より)

 ※この絵馬は、丸亀市山北町山北町八幡神社内、社務所向かいの宝物殿に保存展示されています。